新しい社会 〜感動経済・感動主義〜

2020年11月09日
[はじめに]
アクセスしていただき、ありがとうございます。
私は、大統領でも、元首でも、政治家でも、首長でも、宗教家でもありませんが、地球における様々な社会を見つめ、今よりも良いかたちになるよう、中立的な思考でSocial Produceを手掛けて約10年になります。本物の価値は、共感によって広まることを実践し、様々なイベントやアトラクションを企画・運営し、2020年11月9日時点で、3万3000名の共感者の方がアクティブに存在しています。地球規模で広まる「新型コロナウイルス」による影響を見ていて、地球上のほぼすべての国家の現社会体制の限界と歪み、それによって最悪の場合は地球上に散在する核施設の暴威にまで広がることも想定し、適時と判断し、具体的な社会の解決策として思案してきた内容をお伝えできたらと考えています。
この世界のすべては、〝お金〟によって支配され、心理的に誘導され、操られています。
旧来から変わらない選挙制度も、お金や既得権による支配合戦を、人を巻き込むような様相で魅せているだけで、本質的なものではありません。また、与野党のような〝二極化〟も演出的で、それぞれの政党や、真っ当な政治家のご意見を紐解けば、目指すべき人の幸せの追求のはずですが、それとは別の「お金」に誘導される事件(改竄・隠蔽・利権の横行)なども少なくないのが実情です。
商品やサービスが広まることで、利益を追求する企業のプロデュースとして、これまでに、Google・Facebook・楽天をはじめとしたIT企業をはじめ、飲食店などを含めた様々な業種・業態の初期ブランディング期から、企画・実行を手掛けている私自身の実績と経験に加え、東日本大震災を機に、利益を追求し過ぎる競争社会に違和感を感じ、未来の社会を見据えた調和型の社会を意識しはじめました。これは、大人たちが子どもたちの輝ける未来をつくることを意味しています。私自身、父と母と祖母の他界するまでの姿を目の当たりにし、命の儚さとその貴重さを強く感じました。残るのは心の中の思い出だけ・・・。この地球に生まれた奇跡を、すべての人が最大限に楽しめるような社会にすることが、私に課せられた使命であるような衝動に駆られ、動いています。
以下にお読みいただく概念は、私自身が小学生の頃に、「金融」というルールに見せかけて、〝誰か〟に支配されている世界に、「円高ドル安」という言葉によって気づき、その「お金」を牛耳る人とその仲間によって、操れるような不自然なものを、当たり前の美学であるかのような社会に違和を感じた頃からの経験と、それを個人が感じても、従わざるを得ない企業をはじめとした社会構造への疑問からスタートしたので、30年間くらいの内容をまとめたものです。
□現行社会を生きる私たちの〝既成概念〟を一旦リセットし、ポジティブな思考でお読みいただければ幸いです。
□これまでを〝否定〟するのではなく、時代を経た技術的・情報的進化から、本来的な新しい価値観の〝土台〟となることを希望しており、個々の多様性や既知の事実となった性的多様性なども当然のことと捉える思考です。
□現在、主に経済界・財界、政界にいらっしゃる方は、そのまま真の理念や意思を新しい社会でも存分に発揮いただければと考えています。
□生きるためにお金を必要としているすべての人にとって、今より暮らしやすく、時間的な制限から開放されます。人によっては、時を経て積極的に社会に参画したくなるはずです。
上記をご理解の上、お読みください!
世界の国の多くで実践されている貨幣経済は、〝貨幣〟を媒介して商品が交換されますが、感動経済は〝感動〟を尺度として物事が交換されます。これは、自然経済と言われる物々交換ではなく、株や小切手等のような信用経済でもなく、「すべての人がそれぞれに感動することは、そのすべてが社会に必要な事である」と捉え、それを実現する為に、人が知識や情報、機械などの手段を効率的かつ合理的に活用して実現させるスタイルと定義しています。
一方、資本主義、共産主義、社会主義…と、主に経済の仕組みに関する考え方が、歴史的に世界中で様々に存在して来ています。それぞれに善し悪しを感じるのは、人それぞれの思考や、立場や身分・階級の違いからくる価値観によるものであると思います。
心を動かされることは、人それぞれに異なりますが、誰かが〝感謝したい〟と思えることを、単一的にあえて〝感動〟という曖昧な言葉に置き換え、社会に参画する全員で、全員が感動し合える社会を構築するスタイルから〝感動主義〟とも言えます。歴史的な象徴感はさておき、現実的な地域格差や身分・階級の違いを無くし、多様な価値観や嗜好の違いを認め合い、すべての人が誰かの感動のために尽力する思考は、公共事業を民間が請負う現実から考えても、官民の隔たりを完全になくすことができます。これにより、納税という行為も概念がなくなるため、これまで、例えば戦争や核の根絶を願いながら、世界中の国々で国家主導で税金を軍事に割り当てるような矛盾を無くすことが可能となります。明らかな民意として、感動主義・感動経済の下で、この地球でお互いに生き合うために、伝統を重んじ、時代の斬新をよみ、より高い品質や品位を求め、尚且つ時間と空間(場所)を楽しめることを、ある程度〝自由〟にできることを前提とします。
社会に〝感動〟を届けることが、すべての人に課せられた使命となり、感動した受け手の数だけ、社会的な価値が高いことを意味します。(誰か一人でも、自分以外の人に感謝されることが、望ましいですが、身体的・精神的な問題がある場合はこの限りではありません。)
このように、社会への貢献度合いによって、上述した〝ある程度の自由〟に関して、質や頻度や量の選択の幅が広がるため、これまでの社会における競争とは違うかたちで、上を目指すことで人に〝選ばれる=ファンが増える〟ことは、社会的ステータスとして、認められていることになります。
ただし、ここで重要なのは、自分とそれ以外の人の〝生命〟を尊重することを前提とし、ほんの少しでも、社会に参画すれば、最低限の良質な衣食住が保障され、誰もが苦しむことなく暮らせることです。宗教や思想によって、動物(肉や魚)や植物(野菜)の生命を頂くことへの抵抗などがありますが、それらは個々に委ね、他人のそれを否定する必要はありません。
この感動経済社会は、衣・食・住、医療・介護、流通・店舗、建設など、必需性の高い物事に関連する事業と、音楽や美術、スポーツやゲームなど、自分自身(個人・集団ともに)の表現によって誰かの心に感動を与える文化的事業のすべてを推奨し、一個人が必需的事業と文化的事業の両方を何らかのカタチで実践し、様々な社会貢献を常に持続することを基本とします。
これらを前提として、社会から〝お金〟を無くし、これまで富のあった人も、なかった人も、それぞれの価値観やスタイルで自由に感動を〝選択〟し、安心して共存できるようになります。
そして、最も重要なのが、上述した自分自身で〝度合い〟を選べる社会への貢献に加え、自分自身のやりたいことや夢の実現に向けた自由な時間と空間の確保です。移動にもお金がかからなくなり、自己実現の場所を探し、自然に各地に人が流れ、旅や居住のスタイルも自由度が高まり、定住者との人の交流はもちろん、各地の伝統的な物をはじめ、旬や希少性の高いものに出会いやすくなります。
この〝感動経済〟を実現できるのは、間違いなく、これまでの社会の体制(資本主義など)が存在していたからで、時代の変化とともに、気づけた違和感や改善点を総合的に監修したものです。
これまでの体制や主義を否定するのではなく、単に、奇跡的にこの地球に生まれた人同士として、それぞれの限られた生命の時間を思い切り楽しめることが大切であると考えています。
平等でもあり、自らの行動で更なる飛躍もでき、その全てが必ず誰かのためになり、自分自身や家族などの〝自由〟に繋げることもできる感動経済。
〝感動〟こそが、〝愛〟だと考えています。
この社会スタイルは、現行の社会のまま、すべての人の〝思考〟を変えるだけで、一瞬で実現できます。
ただし、各国の主義や体制に合わせ、民意を把握することから始まると考えています。また、現段階で富裕層の方に、ご自身の変化がないことをご理解頂き、それ以外の人の活躍によって、更に新しい価値が生まれることに期待して頂くことも思慮する必要があると考えます。
三世代前のリアルな思考が我々が知り得ないように、今から2-3世代を経て、新しい社会がスタンダードの基礎になれば、未来に子どもたちが輝けるかなと思っています。
今は、この新しい感動経済社会に変化させるために、考え方を伝え、拡げるためにお金が必要かも…といった矛盾と戦っています。笑
こうして、貴重なお時間を頂き、お読み頂けたことに心から感謝しています。
もしよろしければ、共に新しい未来へと進んでいきましょう。
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