ピアノ

井尻 慶太

いじり けいた
井尻 慶太

歌について考えるとき、いつでも胸に刻まれてあるのは、「詩は投壜通信のようなもの」というパウル・ツェランの言葉です。歌もまた、投壜通信のようなものだろうと思うのです。どこかここではない場所になんて行き着くことのできない僕ら人間は、それでもなお、ここではないどこかが、どこかにあることを知っていて、そして、その身も蓋もないくらい確実にあるどこかに思いを馳せる術が、「投壜通信」であり、歌であるだろうと思うのです。どこに届くのかさえ判らないまま、どこかに届くという約束さえなく、これを拾うのかもしれない誰かの「心の岸辺」をめざしている。もし本当に届いた場所があったなら、そここそが予めの宛先だったのでしょう。アルケミストの歌がその場所への途上の波間にあるとき、また同時に、相方のこんやしょうたろうと僕との間にもきっと
壜を運ぶ波のうねりがあって、……凪のときもあるかもしれない、思いもよらない方向へと流されることがあるかもしれない、……
そんな波の姿をいつからか楽しんでいる自分にも気付きはじめています。
歌を作るということ、それを演奏するということが僕にとっては投壜のその腕を振り上げる身振りに重なります。

これまでの出演

  • Premium Concert for Kids & Otona Generations Vol.11
  • Premium Concert for Kids & All Generations Vol.15